潮騒は聞こえず(60)

「お前が余計な事を言うから、先生がご機嫌を悪くして行ってしまったじゃあないか」「あら私は、お父さんの立場になって考えただけよ。そんな風に仰るなら、私はもう何も話しません。あなたの親の事ですから、あなたが一人でお決めになれば」と、紀子は涙まじりに清吉を睨んだ。
人工呼吸器を2週間以上も付け意識の戻らないままの貞雄の変わり果てた姿を見て、紀子は心秘かにホッとしていた。毎日のように酔っ払っては隣近所に迷惑をかけ、時には警察にまで呼び出され続けた数年を思うと、これでやっと普通の静かな夫婦二人の生活になれると彼女が思い描いたのも無理のない事だった。
そんな彼女にはどうしても理解が出来なかった。決して口には出来なかったが、あんな父親の何処が良くて命を助けたいなどと必死になっているのだろう。アル中の貞雄が元気になって戻って来たら、また酒乱の日々が待っているだけではないか。如何に実の父親といえ人格そのものが壊れている人間と、嫁の立場の私がどうやって一緒に暮らして行けるのか、これまでにもどれだけ我慢して来たのか、少しでも考えた事があるのか、我が夫ながら情けなくなる。やはり母の道子が言うように、この清吉とは別れた方が良いのかもしれない。そんな紀子の思惑とは別に彼は父親の回復を心の底から望んでいた。確かにアル中の貞雄ではあるが、このまま死なれたのでは大きな借りを返せず、自分の中で生涯の悔いを残す気がしてならなかった。父親の意思を無視して小料理屋の主になってしまった自分を許して欲しかった。息子の清吉を立派な大工にする事が貞雄の夢だった。小さい時から口癖の様に聞かされていた。「清吉、お前は立派な大工になれ。ベニヤ板に釘を打ち付けるようなのは大工とは言わない。木は何百年と生きているのだ。柾目のしっかりした木材に釘など打ち付けちゃいけない。木組みと云う大工の本道を、骨の髄まで学ぶんだ。殴られようと蹴らようと職人の腕を磨いて行くのだ。風雪に耐え抜いた木の命を生かし切る、それが大工職人の魂だ。それを俺が徹底的に叩きこんでやる」と、幾度となく聞かされた。その当時は清吉も、父親のような本物の大工職人になる事に憧れを抱いていた。しかし終戦直後は日本中の何処も彼処も廃墟の原野で、建っているのはバラックと掘っ立て小屋しかなかった。それでも貞雄は頼まれた仕事は、どんな小さな家でも心を込めて釘などの金具類はなるべく使わず、丹念に作り上げていった。しかし時代が悪かった。そう云う丹念な仕事には時間もかかったし、金もかかった。貧乏のどん底に喘いでいる時代背景では、貞雄がやりたいと願うような仕事の注文は皆無に近かった。それでも時には大店(おおたな)の焼け残った屋敷の修繕を頼まれたりする事はあった。そんな時の貞雄は嬉々として仕事に励んでいた。仕事が大きければ大きい程、酒などは幾日も一滴も飲まず、夜中まで家の図面を睨みながら自分なりの仕事の工夫を重ねていた。しかし彼に取って不本意な仕事が多くなると、始めは晩酌程度だったが、酒に手を出す日が多くなった。それでも未だ酔うと軍隊時代の話を、面白(おもしろ)可笑(おか)しく話しては上機嫌だった。そんな父を清吉は好きだった。
明日に続く
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