潮騒は聞こえず(64)

貞雄の病状は一段落し伊豆での入院生活にも慣れ、日常生活動作も徐々にではあるがそれなりの改善が認められ出していた。清吉と紀子は月に1,2度の割合で伊豆の病院に出かけていた。食堂の経営も順調で、3人のパート店員の定着率も良くなり、貞雄の入院費を支払っても貯金の残高は確実に増えて行った。後は子宝に恵まれる事だけが二人にとっては最大の関心事であった。結婚して7年の間に2度の妊娠はあったが、いつも流産に終わってしまった。21才で4つ年上の清吉と一緒になり新婚らしい生活は1年と続かなかった。貞雄が大工の仕事中に屋根裏から足を踏み外し大怪我をしたのが、紀子22才の年で、そこから貞雄は身を持ち崩しアル中の世界にと入って行った。義母の富江は子宮癌が潜在していたらしく貞雄の大怪我と時を同じくして「疲れた」を連発するようになり、食堂ことぶきの運営は清吉と紀子の専従となってパート店員も出入りが激しく、余りに忙しい日々が続いていた。夕食もほとんど駆け込み様に食べ、店が終わると身も心も疲れ果て夫婦の会話もなく、ともかく少しでも寝ようと云う生活の中で、子供など出来ようもなかった。2度も妊娠したのが不思議なくらいだ。そんな生活の中では流産は当たりまえとも言えた。
いったい自分は、この家に何で嫁にやって来たのだろう。朝から晩まで休みもなく働き続け、これまではアル中の義父の世話までさせられ人間以下の生活だった。週一日は定休日となっているが、それだって映画の一つ観に行く訳でもなく、清吉は料理の研究に専念しているし、私が何か話かけても決まって生返事だ。それでも貞雄が伊豆の病院に入院し落ち着いた生活が出来る様になってからは、2ヶ月に1度ぐらいはデパートで買い物をし、日頃のストレスは少し解消出来る様になって来た。もちろん清吉が一緒に付き合ってくれるなんて事は一切ない。伊豆の病院に出かける時は必ず紀子を連れ出す癖に…。病院が変わり半年程たって貞雄は車イスでの生活が可能になって来た。まだ人の手は借りなければならかったが。食事は全粥で半分以上は介助が必要であった。何か喋ろうとするが意味は聞き取れない。半年以上も酒を飲んでいない為か、それとも病気による影響か顔はずいぶんと穏やかになり険も取れて来た。以前のアル中になる前より柔和な顔つきになっている。紀子は吉沢の家に嫁いで以来、そんな貞雄の表情に接するのは初めてで、心に迷いが生じていた。どれが本物の貞雄なのか戸惑いを感じていたのだ。もしかしたら、こんなにも人間が変わるのなら貞雄と同居するのも、我慢出来るのではないかと一瞬思ったりもしたが、そんな自分の甘さを直ぐに否定した。自宅に帰ったら一体誰が貞雄の介護をするのか、自分の仕事になるのは目に見えているではないかと考え直した。アル中が治ったにしても介護に手がかかる事に変わりはないのだ。
明日に続く
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