潮騒は聞こえず(78)

貞雄が自宅に戻って数日間は何事もなく過ぎた。彼の為を思って色々に工夫された居住空間に、かなり満足していた。トイレの位置は貞雄の部屋に隣接しているし、便座も当時としては珍しい洋風で手すりも周囲に張り巡らせてある。さらに浴室に至っては、洗い場には滑り止めが敷きつめられ手すりは元より、浴槽は広く、さらに段差まで付けられ転倒防止の知恵が至るところに発揮されていた。清吉の親を思う気持ちが、さすがの貞雄にも伝わって来た。食事も病院で出されるものとは、比べものにならないくらいに美味しい。そして貞雄の部屋には何とカラーテレビまで置かれている。カラーテレビは1970年代になって爆発的に普及し、清吉が買い求めた時は20インチぐらいで30万円(現在の貨幣価値で)ほどだった。相撲が大好きな貞雄は自分の部屋で誰にも邪魔されず、好きなだけテレビにかじりついていた。時は「輪湖時代」が始まる一年ほど前で、先代の貴乃花が小兵ながら大活躍しており、相撲人気は高まる一方の時代であった。夕食は午後7時になると決まって紀子が運んで来る。夜9時になると清吉が入浴の介助にやって来る。病院だと週2回しか風呂に入れなかった事を思うと、やっぱり家は天国だと感じた。貞雄の背中を流しながら「お父さん、見違えるほど元気になりましたね。昼間は少し散歩もしないと、健康の維持には散歩が一番ですよ」「何だ、お前は親に説教するのか」「そんな説教だなんて、お父さんは未だ60才台ですよ。たまには外の空気も吸わないと」「だけどお前、あの階段を下りるのは危ないじゃないか」「大丈夫ですよ、私がしっかり支えますから」「そうか、じゃあ息子の言う事を聞いて明日は散歩にでも出てみるか」「そうですよ、ぜひ散歩に行きましょう」「それにしても、お前の店はずいぶんと景気が良さそうだな」「そうでもないですよ、何とか食べては行けますが」「そうは言っても俺のいない間に店も大きくなったし、俺の部屋もずいぶんと贅沢じゃないか」「すいません、断りもなく勝手に家を改築したりして、元はと言えばお父さんが丹精を込めて作った家なのに」「良いって事よ、大工の俺はとっくの昔に死んだのよ。お前も大工なんぞに成らないで良かったんだ。今じや、使用人を何人も雇っている立派な大食堂の主だ」「よして下さいよ、大食堂だなんて大袈裟ですよ」と、清吉は恥ずかしそうに頭をかいた。しかし、この父親に褒められたのは生まれて初めての事かもしれない。
明日に続く
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