潮騒は聞こえず(86)

貞雄の心は乱れていた。ともかく息子夫婦が一切顔を見せなくなった。始めの間は清吉が病気にでもなったのかと心配もしたが、時々は清吉が使用人たちに指図をする声も聞こえ来る。紀子の声さえもが聞こえて来る事がある。それでも彼等は一切顔を見せない。一体何があったのだ。「何故、親を無視する」と思うのだが、その理由が分からない。生活そのものには何の不自由もないが張り合いと云うものが感じられない。1973年も師走となり、「ことぶき」でも小さなグループの忘年会や宴会が連日のように続いて、一階の店からは夜遅くまで酔客の陽気な声が聞こえて来る。「もう、今年も暮れか。清吉の奴は俺にこの先もずっと酒を飲ませないつもりかもしれない」と、貞雄は一人溜め息をついていた。病院にいる時は4年近くも入院していたが、ほとんど酒を飲みたいとは思わなかった。酒の匂いなど何処からも漂って来ないし、消毒薬に包まれた環境では飲酒に対する誘惑も乏しかった。だが、この環境はどうだ。美味しそうな日本酒の香りがいつも一階の店から誘う様に立ちのぼって来る。美味しそうな肉を目の前に置かれ「待て!」を何時までも命じられているワン公みたいじゃないか。雇われの家政婦に何度も清吉を呼んでくれと頼んだが、「旦那様は忙しくて手が離せないと申しています」の、一点張りで一向に相手にしてもらえない。右手のマメは良くなったが散歩に出る気はしない。相撲も野球も師走ではテレビ中継はやっていないし、時代劇でも見て一日を過ごすしかなかった。これだったら清吉と毎日散歩に出かけて行っていた方が、よっぽど生きる事に張り合いがあった。我が儘を言い過ぎて、散歩は嫌だの寝酒は飲ませろなどと散々に文句を言っていたから、愛想尽かしをされたのかもしれないとも、貞雄も少しは考え始めた。ともかく、このままじゃ、どうにもやり切れない。何時もそばにいる家政婦は冗談一つ言う事もなく、「はい、食事の時間です」「はい、洗顔の時間です」とか非常に事務的だ。長い病院生活でも、もう少し人間らしい会話があった気がする。師走も半ばを過ぎた頃、二階トイレから出かかった所で久しぶりに清吉と偶然にも出会った。思わず貞雄は「清吉、ちょっと待ってくれ」と、急ぎ呼び止めた。
明日に続く
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