潮騒は聞こえず(87)

清吉はチラリと父親の方を振り返って「すいません、ちょっと急ぎの用事があるので」と言ったきり一階に下りてしまった。そんな息子の後ろ姿を見て、貞雄はトイレ脇の廊下に無念の涙をこぼし座りこんでしまった。どんな訳で清吉が父親に冷たくなったのかは分からないが、自分を避けているのは今の態度を見ても明らかだ。雇い家政婦が驚いた顔でやって来て「あらまあ、どうなさったの。転びでもしなすったのかね」と、自分に粗相があって転ばせでもしてしまったら大変な事だと、云わんばかりに近づいて来た。「大丈夫だ、転んではいない」と、弱々しげに答えた。「本当に、どこも痛くはないですか」と、労るよりも自分に落ち度がないかの確認の為に聞いて来た。「本当に大丈夫だ、どこも痛くはない」と、面倒くさげに答えた。同じ言葉を清吉がかけてくれたなら、どんなに心が安まるだろうと情けない気持ちで胸が一杯になる。清吉も彼なりに悩んでいた。始めのうちこそ、どの様な理由で病気になったにせよ病身の父親を労る積もりでいた。しかし紀子は違っていた。「アルコールが原因に決まっているでしょう」と、言い切っていた。彼女から見れば、自分の父や母の最期と比べ貞雄の脳出血は、病気と云うよりは人生の落伍者の末路そのものにしか見えない。訳もなく、若くして不治の病に犯された自分の父親や、理不尽な火災で突然の如く、この世の最期を迎えたしまった母親の事を考える時、紀子には貞雄の病気そのものが許せなかった。世の中にはどれだけ多くの人たちが、もっと生きたいと乞い願っても貧困や不治の病で死んで逝く人たちの多い事か。それが酒で身を持ち崩し、医者嫌いでかってに脳出血を起こし半身付随となったのではないか。27才で死んだ自分の父親など金もなく、医者などにはまともにかかれずに死んでしまったのだ。だが清吉は、そこまでは自分の父親を突き放しては考えていなかった。やはり大工という本業を時代背景の悪さの中で全う出来なかった。そして一人息子の清吉も後を継がなかった。大工修行の基本を自分の目の黒い内に仕込みたかったが、その夢も叶わなかった。そして自分自身が仕事半ばで大怪我をしてしまった。それ自体は父親の責任ではない。そこからアル中の道に堕落してしまったのは同情の余地もある。それを唯、だらしない人間であるというのは容易である。しかし人それぞれには個性があり、生まれ育った環境も違う。時代の動きも違う。その現象面だけを見て、だらしない人間だとか、偉い人だとかと云う評価には納得し難いものがある。人は所詮、その自己の定められた運命の枠でしか生きられないものかもしれない。これまで清吉は、父親に対しては多分にその様な同情の面で見ていた。しかし紀子の余りに重篤な病状に接して彼の考えにも微妙な変化が生じて来た。
明日に続く
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