潮騒は聞こえず(94)

こうして貞雄の寝酒はすっかり習慣化して来た。雇いの家政婦も何人かは入れ替わり、彼の寝酒に何の興味も持たなくなっていた。それに清吉も紀子も「ことぶき新宿店」開業準備に忙しかった。1974年4月1日に店は開店した。清吉は開店に当たって大胆な手法に出た。 開店一週間、何を食べても飲んでも支払いは100円ポッキリにしたのだ。この宣伝チラシを新宿中に5万枚も配った。そして、この宣伝手法は見事に当たった。新宿の酒場街なので営業時間も夕方5時から夜3時までとした。大学卒の初任給も一万円を超えて来た時代である。どんなに飲み食いしても、ただの100円ポッキリだ。日本中の銘酒と見事な料理が並べられての値段である。但し条件は付けられていた。時間は90分以内、一組4名までとの約束でのサービスである。しかし開店当日から、客は店先から100メートル以上は並んだ。板前は新大久保の店から二人を出張させ、新規に三人を雇い入れた。それ以外にも新人の店員を十人も採用した。それでも店の中は戦場の様な騒ぎである。 清吉も久しぶりに調理場に入り、紀子は会計のレジに立った。宣伝期間の一週間が過ぎても客足は一向に減らなかった。始めの半年は新宿店に夫婦二人とも釘付け状態だった。売り上げといい、儲けといい新大久保の何倍にもなった。笑いが止まらない程の繁盛ぶりだ。その代り閉店になったら直ぐ家に帰り、ドロの様になって寝て直ぐに朝が来る。昼頃から二人は起き出し午後3時過ぎからは店に出る。毎日がその繰り返しだ。 貞雄はおろか家政婦とも、ほとんど口をきかない。余りの忙しさに辞める店員も増えて行く。急ぎ賃貸の職員寮も準備して新しい店員集めに躍起となっていた。儲けも大きいが仕事も大変だ。そして瞬く間に一年が過ぎた。 一方の貞雄も今の生活に満足していた。誰にも束縛されず酒も自由勝手に飲めるし、好きな時にテレビを見て好きな時に寝る。ただ一升酒を飲んで大騒ぎする何て事は全くなくなった。もうそんなに飲める年でもなかった。最近では店の何人かは貞雄が隠れて酒を飲んでいる事を薄々は感づいていたが、新宿店の忙しさで疲れ果てている主人夫婦に下らない告げ口をして彼らの心を悩ましても仕方がないと思っていたのであろう。誰もなにも言わなかった。
明日に続く
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