潮騒は聞こえず(95)

1975年5月のある日、店は水曜の定休日だった。午後2時頃店の金庫から約束手形を取り出す為に清吉は新大久保の店に戻って来た。ドアは鍵がかかっていたので、自前の鍵を使って家の中に入ろうとしていた。その時、貞雄は一階の店でいつもの酒漁りをしていた。玄関で鍵の開ける音がしたので、急ぎ四合瓶2本を持って自分の寝室に戻ろうとしていた。 階段を6段ほど上った所で後ろから急に声をかけられた。「お父さん、そんな所で何をしているんですか!」と、家政婦が買い物から戻って来たとばかり思っていたので、それならそれで誤魔化しもきくが、正か清吉が戻って来るとは考えもしなかった。口から心臓が飛び出るほどの驚きだ。 思わず日本酒の一本を落としてしまった。瓶のガラスの破片が右足の甲に突き刺さる。その痛さでもう一瓶まで落としてしまう。ガラスの破片がそこら中に散らばった。手すりに掴まっていた右手にまで飛び散って来た。そのショックで貞雄は重心を失い階段から転がり落ちて行った。その目の前の光景に清吉は、何が起きたか一瞬理解ができず我を忘れていた。 貞雄の身体はガラスの破片で血だらけになって意識を失っている。しかし、ともかく清吉は救急車を呼んだ。そこに家政婦が帰って来た。彼女も余りの驚くべき現場の惨状に腰を抜かしている。「何処で何をしていたんだ!」と言う激情を清吉は抑制した。その姿を見れば食事の買い物にでも行っていたのは明白だった。家政婦に八つ当たりしてもどうにもならないと、自分で自分を抑えた。 家政婦を残し、ともかく貞雄に付き添って、やって来た救急車に乗り込んだ。これで清吉が救急車に乗るのは3度目だ。「俺があそこで親父に声をかけなければ、こんな事にはなっていなかったのだろうが、それにしてもそこまで酒が飲みたかったのか」もう自分にはどうして良いのか分からない。あくまで禁酒させるべきか、多少は大目に見るべきか。飲みたいと思えば、どんな事をしても飲んでしまう現実を清吉は見て父親のこれからの対応をどうするべきか悩み抜いた。 病院について迅速に各種の検査が進められた。平日の午後なのでドクターの動きも早かった。既往歴や何故こんな状況で緊急に運び込まれたのかを説明するのは気恥ずかしさを覚えてしまう。それでも有るがままを話した。医師の診断は右大腿骨転子部骨折と外傷性硬膜外血腫だった。
明日に続く
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