潮騒は聞こえず(96)

貞雄は脳出血後遺症の左上下肢の機能障害が強かったので、今回の右大腿骨の骨折は歩行と云う面から見れば致命的であった。例え大腿骨の手術に成功しても利き足のダメージは大きい。杖歩行も厳しく早晩、車イス生活を余儀なくされるだろう。 そうなると68才の彼は生涯車イスの人生となってしまう。外傷性硬膜外血腫の手術は思った以上に楽な経過で、後遺症もほとんどなかった。ただ身体中に突き刺さったガラスの破片処置はかなり大変で、そこから褥瘡を誘発し、この治療に一ヶ月以上はかかってしまう。 この間、紀子は一度も見舞いに行かなかった。見舞いではなく貞雄の退院後の行き先を探し歩いていたのだ。清吉は仕事が忙しく、病院での貞雄の世話は家政婦任せだった。つまりは紀子が清吉に代わって貞雄の退院後の行き先を探さなければならなかったのだ。 以前の伊豆の病院も良かったが、役所で相談して特別養護老人ホームの申し込みを優先すべきだろうと云う事になった。幾つもの老人ホームを見て歩いたが、どこも2,3年待ちだと云う。新大久保の家に帰しても良いのだが、一階は店だし、二階では車イスの生活は不便極まりないだろう。それに紀子自身が貞雄と同居するなんて考えられなかった。 それやこれやで紀子も忙しい日々を過ごしていた。今や新大久保の店は彼女が女主人のようになっている。清吉は新宿店にいる事が多い。さらに営業時間が違う。新大久保店は夜10時が閉店で12時前には職員も帰ってしまう。一方の新宿店は夜の町である。10時の閉店では商売にならない。夜中の12時頃が一番の稼ぎ時である。キャバレーからの帰り客で大忙しなのだ。閉店は午前3時だが店仕舞いは、いつも4時半過ぎにはなってしまう。 そんな清吉が自宅に帰るのは朝の5時過ぎだった。完全に夫婦の生活リズムは狂い始めていた。梅雨も明け切れない7月初旬、いつもと同じ5時過ぎ自宅に帰った。紀子はとっくに寝ている。それでも毎晩気になって妻の寝姿は確認する。 月に一度ぐらいは、そのまま紀子の寝床にまで押し入ってしまう事もある。どんなに疲れていても彼女は清吉を拒んだりはしない。清吉はまだ36才なのだ、妻の肌が恋しい日もあるだろうと、夫を出来る限り優しく受け入れていた。しかし、この日は紀子の寝室に彼女はいなかった。トイレにでも行ったのかと考え、トイレも覗いてみたが何処にもいない。
明日に続く
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