潮騒は聞こえず(99)

貞雄は多量の飲酒癖が祟って68才と云う年で、その人生の幕を閉じてしまった。何故に生き、何故に死んでいったのか。初七日を終えても清吉の胸には何時までも痼(しこり)のような物が残っていた。
真の病因が解離性胸部大動脈瘤の破裂だと医者にどんなに聞かされても、あの二階の途中から貞雄が転落して行く光景が目から離れない。父親を殺したのは自分ではないかと云う強迫観念からも逃れられない。
紀子は「考え過ぎよ、あれだけ無茶なお酒の飲み方をしていたら誰だって身体を壊すと思うわ。まして、あなたがお父さんを殺したのかもしれないなんて、そんな考え方、私には理解出来ないわ」と言うが、でも何かが釈然としない。少なくても父親に途中から冷た過ぎたのは事実だ、それも紀子に遠慮し過ぎて。
今回の葬儀で新大久保の店は7日間、新宿店は3日間だけ店を閉じた。店を再開しても清吉は以前のような精気が出なかった。店を途中から抜け出しクラブやキャバレーに行ったりする事も多くなった。商売熱心な彼が抜け殻の様になってしまった。一方の紀子は日々元気になるばかりで、体重もどんどん増えて行った。二人の気持ちは少しづつ遠ざかって行った。
夫婦にとって共通の障害物と思われた貞雄が亡くなって、共に庇い合う日々から解放されたのか、別々の夢を探し始めた。それとも別々の拠り所を求め始めたのかもしれない。障害と不自由な生活の中でこそ人は共に温もりを欲する者なのかもしれない。
二つの店はその後も繁盛し、通帳の預金は増えるばかりである。店は何時も客で溢れていた。一年もしない間に紀子は10kg近い太り方で、以前の彼女を知る人からは別人の様であった。何処から見ても新大久保「ことぶき」の立派な女将だった。馴染みの客には自分から進んで酌をして回ったりもしていた。着る物にもこだわりが出始め宝石にも関心が高くなって来た。
清吉は飲み仲間からゴルフを勧められ、昼間からよく練習場に通っていた。名門ゴルフ場の会員にもなっていた。こうして夫婦の生活は、どんどん離れて行き、二人で夜の床を一緒にする事もなくなった。
清吉もまた少しづつ精気を取り戻し、新宿に二店目の「ことぶき」を出した。貞雄が亡くなって、わずか1年半後である。これで、「ことぶき」は新大久保店と新宿東店、西店の三つになった。どの店も客で溢れていた。金は有り余るほどにある。清吉38才、紀子34才である。未だ共に充分な若さと金がある。
ある故人曰く「急激な富の蓄積は男を堕落させ、女をより高貴にさせる」と。
明日に続く
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