潮騒は聞こえず(100)

新大久保店の二階住居部分は貞雄の死後3ヶ月もしない内に取り壊され、全てを客席にしてしまった。紀子の提案である。辛気くさいと云うのが、その理由である。清吉としては父親の形見とも云うべき住居部分は残して置きたかったが、その当時の彼はほとんど精気のない生活で、仕事にも身が入らなかった。
父親の死後の呪縛から解放されぬかの様に夢の中で父や母が毎晩のように出て来ては彼の活力を奪っていた。そんな心の有り様では、紀子の思うがままに任せて置くしかなかった。そして彼等は新大久保店に隣接する借家住まいを止め、大久保駅に近い場所に100坪ほどの土地を買い求め、小洒落た家を作った。それもこれも紀子が全てを手配した。
経済的には正に昇り龍のような勢いだった。家具も調度品も彼女の好みのままに趣味の贅を尽くした。清吉はその傍らで「うん、素晴らしい」を繰り返していた。確かに彼女の趣味は美的感覚と品性のバランスに格別の才能を発揮したいたが、清吉にはどうでも良かった。もともと仕事一途の清吉には自分の住む家に贅を尽くすと云う発想がなかった。
それに比べ紀子は幼き日、道子と共に世話になっていた徳治の、趣味の良い家の思い出が残っていたのかもしれない。今や紀子は全ての束縛から解き放たれ大空を自由に飛び回る鳥の様だった。時には清吉さえ眼中になかった。
彼は彼で、そんな妻を横目にしながらゴルフに熱中していった。夏場は北海道、冬場はハワイとゴルフを通じての行動範囲も広くなり、付き合う仲間も増えていった。彼が何処で何をしても紀子は何も言わなかった。外で飲む事も多くなってきた。ゴルフ仲間とコンペの後、皆でワイワイ騒ぎながら飲みに行くのも大きな楽しみになっていった。
紀子は逆に仕事の面白さと財産管理に夢中だった。名義もいつの間にか新大久保店と大久保の実家は自分名義に切り替えていた。着物も宝石も増えるばかりだ。「若いうちは若さそのものが、大きな武器よ、それだけで十分に輝やいて行けるわ。しかし年を取ると若さと云う武器はどんどん失われて行くから、宝石と云う輝きで自分を飾る必要があるの」と、近頃の紀子は言う。
明日に続く
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