潮騒は聞こえず(103)

紀子と一緒になって17年と云う年月が流れている。今でこそ半別居の生活になっているが、共に辛い日々を長く耐え忍んで来た。それなのに何故こんなにも生き方に違いが出て来てしまったのだろう。父の貞雄が亡くなってからの彼女の自由闊達な生き方に、清吉は何処かで反発を感じていたのかもしれない。
「親父が死んでから、あいつは毎日が楽しそうだ」と言った思いも付きまとって離れない。それにも増して今の紀子には、貞雄が生きていた時代の様な清吉の庇護を必要としていない。嫁の立場の苦労を不器用ながら清吉は陰に日向に庇ってくれた。「こんな俺の女房になって、お前は可哀想だ」と、手を取って一緒に泣いてくれた日もあった。
貞雄が亡くなって清吉はしばらく精気を失っていた。それから今度はゴルフに凝り始めた。仕事一途の夫だったから健康の為にもゴルフは良いだろうと、最初の内は単純に考えていた。清吉がゴルフを始める様になって泊まりがけの日も多くなり、家に帰らない事が幾ら重なっても愚痴をこぼさなかった。
それでも最初の頃は箱根だとか静岡だとかいった近場だったが、段々と遠出となり北海道、沖縄さらにハワイそしてスコットランドと外泊の日数も遊びに行く場所も、どんどんエスカレートしていった。10日近くも家を留守にされると寂しいと感じる日もあった。電話で「ゴルフと私と、どっちが大切なの」と、愚痴った事もある。
清吉も紀子がどの様に高価な宝石を買おうとも、家の調度品に贅を尽くそうとも文句の一つも言った事がない。共に相手の自由を好き勝手に放置しすぎたのだろうか。二人の生き方は確実に距離が少しづつ遠のいている。
清吉に愛人が出来始めている事を、紀子が全く気づいていない訳がない。ゴルフだけで月に半分以上も家に帰らないのも不自然だろう。また仕事に支障を来す事も多くあった。「もう、プロゴルファーにでも成ったつもりなの」と、海の向こうへの電話で怒った事もあった。だからといってスコットランドから直ぐに帰って来てくれとも言えない。仕方なく何でも一人で始末を付ける癖が付いて来た。
一年、二年とたつうちに一人で暮らす生活が逆に馴染んで来た。一人でいる生活の方が空気が楽な事に気づき始めた。一人でいるといっても、使用人もいれば、家政婦もいる。総ては自分中心の世界でいられる。夫と云う束縛からも解放されているのだ。
明日に続く
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