潮騒は聞こえず(104)

紀子は37才になり、夫との夜の営みは4年近くもない。41才の清吉がどうしてるのかは考えない様にしていた。しかし1年以上も半別居生活が続くと、さすがに愛人の存在を疑う様になって来た。
だからと云って、どうにかなるもんでもない。騒げば紀子自身が逆に傷つきそうだし、女としての機能が十分には備わっていないと云う負い目もまだ彼女の中では引きずっていた。ただ清吉がゴルフ三昧の日々を過ごしている間に「ことぶき」の店は渋谷にまで進出し、店舗数も4ヶ所に広げ、財産名義も半分は紀子の物となっていた。だから清吉に愛人がいようと、いまいと彼女の生活は盤石であった。その事が彼女の大きな自信にも繋がっていた。
税金の申告もほとんど一人でやっていた。税理士の助言はあったものの。清吉はすっかり変わっていた。仕事一途だった彼が中年以後ゴルフに熱中し、若い愛人にのぼせ妊娠までさせている。店の経営は新宿の2店舗を清吉が、新大久保と渋谷は紀子の管轄になっているが、ややもすると4店舗とも実際の経営の多くは紀子が担っていた。
清吉は週に1,2度店に来ては金庫から100万円単位の金を持ち出し、10分くらい帳簿に目を通すだけだった。大体は紀子のいない時間を狙って来る事が多い。ある夕方、紀子は新宿東店で店長に「うちの人が来ても勝手に金庫から金を持ち出させるんじゃないよ。持ち出していい金は月に100万円までと決めているんだから」店長が不満そうに「女将さん、そりゃ無茶な話だ。私たちは使用人ですよ。旦那が金庫から幾ら金を持ち出すかなんて、どうやって注意出来るんです」と、遣り返して来た。紀子もそれ以上は言い返せなかった。
一度などは金庫から5千万円の小切手が消えていた。さすがに清吉に詰め寄った。「一体、5千万円もの金を何に使ったの!」清吉は何の詫びれる顔もせず「何、ゴルフの会員権を買っただけだ」と、平然と答えた。「ゴルフの会員権って、そんなにするの」「当たり前だ、一流の会員権は何処でもそんな値段だ。しかし、これは遊びで使っている金じゃない。資産運用だ」
「資産運用って、どう云う意味なの」「土地もゴルフの会員権も、どんどん値上がりして行くと云う意味だ」「本当なの」と、未だ納得出来ない表情で聞き返したが、彼はそれ以上は面倒くさがって答えなかった。本当は愛人の里美にマンションを買ってやった5千万円なのだが、そう言えるはずもない。
明日に続く
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