潮騒は聞こえず(114)

箱根の旅行も終え師走も間近となった。清吉のゴルフ熱は一向に衰えない。
年間で200日以上はゴルフコースを回っている。
そのゴルフに費やす時間はプロゴルファーと比べても負けない。クラブのコンペでも幾度となく優勝している。
オフィシャルハンディも2である。
このクラスになると、風と芝そして砂、人工の作りだした自然の芸術に立ち向かうアーティストである。
ゴルフだけではなく、何かの頂点に達しようとする時、それを理解出来ない人々からは必ず変人扱いされる。そこまで清吉はゴルフにのめり込んでいた。
アマとしては、ほぼ最高位に近いレベルである。1000人中1人か2人しかいない。アマゴルフの頂点と言ってもいい。
43才という年令で、これだけの時間と金をゴルフだけに費やせる人間は、そんなにいるはずもない。
高校時代は料理修行に熱中し、今はゴルフに熱中している。何にでも熱中しやすいタイプなのであろう。生一本と言えば良く聞こえるが、場合によっては不器用にも通じる。
清吉には私生活にも同じ様な側面を持つ。幾ら子供が出来たからと言って、本妻を全く無視した生活は常軌を逸している。
本妻の機嫌を取り、愛人の横顔を見つつ両方を同時に立てながら生活を上手に熟して行く術を知らない。
もっとも翔太の存在がなければ、もう少し冷静な行動が取れたかもしれない。
ゴルフ以上に育児への熱中の仕方も異常である。
翔太が風邪気味だと言えば朝1番に医者に飛び込んで行く。生まれてからの体重測定を1日も欠かした事がない。彼の育児にかかる事なら時間も金も全く惜しむ事はない。
今の清吉にとって最優先の順位は息子の育児、次にゴルフのハンディを上げる事で紀子と里美の存在はそれ程に重要視されていない。
若い里美が可愛いと云うよりは、翔太の母親であるから大切にしているのかもしれない。
その意味で彼にとって最大の不幸は、紀子との間に一人の子供も授からなかった事かもしれない。
本妻との間に子供の一人もいれば彼の運命の方向は決定的に変わっていたに違いない。
若い里美との間で子供の出来てしまった事が、彼の運命を激しく狂わせてしまったのだろう。
紀子への愛が冷めたのではない。
翔太の誕生が彼の理性そのものを変質させてしまったに違いない。人間と云うものは弱い者である。
如何に表面を取り繕っていても、心の底から欲する物が得られた時に理性の総てを失ってしまう事が多いものだ。
もしかすると人は本質的に愛に飢えているのかもしれない。だから愛の結晶としての子供を授かった時に理性の判断が狂うのだろう。
明日に続く
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