潮騒は聞こえず(115)

1983年6月9日翔太2才の誕生日だ。自宅マンションで親子3人の、ささやかな誕生パーティー。
小さな2本のローソクの灯が翔太には未だ一人では消せない。しかし、消そうとする仕草が可愛い。
甘い物が大好きで彼は一人でケーキの三分の一以上を食べてしまった。
清吉は白ワインを飲みながら上機嫌で、そんな息子の成長を見守っている。自分も少しだけケーキを食べる。
今年は梅雨入りが遅れている様で今日も朝から良い天気だった。
彼はゴルフで久しぶりにクラブ優勝をした。この数ヶ月間は常に2位か3位に甘んじていたので久しぶりの優勝は嬉しかった。それも翔太の誕生日にだ。
彼の上機嫌に比べ何故か里美の元気がない。
「里美はケーキを食べないのか」
「うん、何か食欲がないの」
「甘い物には目がないのに珍しいな。おい、まさか悪阻(つわり)じゃないよな」
「生理は1ヶ月ぐらいは遅れているけど、私って割と生理が安定しない人なのよ。1ヶ月ぐらい遅れる事は時々あるから」
「食欲もないのか?」
「そうねぇ、この1,2日あまり食欲も出ないみたい」
「1度、医者に行ってみたらどうだ。行くなら行くで翔太は俺が見ているから」
「大丈夫よ、もう少し様子を見てみる」
「そうだな、1,2日ぐらいなら体調の崩れる事は誰でもあるからな。悪阻だったら、もう一人産むか」
「そうねぇ、産むなら今が丁度良い時期かも…それだと翔太と三つ違いだし」
「どうせなら、今度は女の子が欲しいな。まあ、元気な子であれば贅沢は言わないが」
この夜、里美は夢でうなされた。
1974年5月9日の伊豆半島沖地震の夢である。その日、漁師だった父親は風邪をこじらせ自宅で寝ていた。
母親は朝の後片付けをしていた。里美は学校に着いて間もなくの午前8時半頃に震度5強の地震が発生した。
中木地区では幅60mにわたる山崩れが起き、山裾の22戸が飲み込まれた。この22戸の1つが里美の家であった。
父親も何時もと変わらなく漁に出ていたら、この災難に遭わなっかったに違いない。
家ごと飲み込まれて行く中で、父親と母親の断末魔の叫び声が
「里美、里美、助けてくれ!」
と、聞こえて来たのである。
全身に寝汗をかきながら里美は飛び起きた。時計を見ると未だ午前4時前だ。横の翔太はスヤスヤと眠っている。
何と怖い夢を見たのだろう。何時までも心臓の高鳴りが消えない。
やっぱり明日は病院に行ってみよう。清吉には適当な事を言ったが、本当は1ヶ月前から食欲が落ち体重も3kg以上は減っている。
明日に続く
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