潮騒は聞こえず(116)

悪夢にうなされた後は、ほとんど眠れず里美は朝を迎えた。6時半ゴルフに行く積もりの清吉が起き出して来た。
「清ちゃん、昨晩はあれからお腹がシクシク痛んで眠れなかったの。悪いんだけど今朝はやっぱり病院に行ってみたい。翔太の事、頼める。ゴルフには行けないけど、ごめんね」
「そうかゴルフぐらいは、どうでも良い。やっぱり病院に行ってみるか。翔太の事はどうにでもなる。俺の車で翔太も一緒に連れて行ってしまおう。お前が診察している間は俺が翔太は見ていられるから大丈夫だ」
清吉はゴルフに熱中する様になってからは車の免許も取り、今はBMWの7シリーズを毎日の様に運転している。
朝9時に近くの消化器内科のクリニックを親子3人で受診した。未だ大学病院に行く程、大袈裟に考えてはいなかった。
ようやく梅雨入り宣言がなされ、朝から小雨が降り続いていた。里美は自分の身体の事より翔太に風邪を引かせないかを気にしていた。
午前9時30分、40才代後半の人の良さそうな医師の診察を受けた。
この1ヶ月間の体調の変化を医師はカルテに詳細に書き留めた。
「妊娠と言うよりは胃潰瘍とか言うべき病気を考えるのが先でしょう。今朝は食事をなさいましたか」
と、医師が尋ねて来た。
「いいえ、未だです。食欲がほとんど無いもので」
「ではどうしましょうか。少し待っていただければ直ぐに胃カメラをしても良いですが」
と言われて、里美は少し迷った。翔太に絵本を読みながら待合室にいた清吉も、やや面食らったが結果が早く分かれば、それにこした事はないと胃カメラの検査には承諾した。
1時間程待たされ里美の胃カメラが始まった。翔太は少しもじっとしていない。クリニックの中を行ったり来たりしている。
清吉も大変である。ダッコしたりオンブしたり、ともかく里美の検査結果を待ち続けていた。
午前11時半ドクターから検査結果の説明を受ける。里美は検査に使った軽い睡眠薬から目覚めず、未だ眠っている。
翔太を抱き抱えながら医者の説明を聞いた。
開口一番、医師は
「*スキルス*です」
と、言った。
何の意味かさっぱり分からない。医師そのものが興奮している様だった。
「スキルスって何ですか」
と、清吉は訝しげに尋ねた。
医師は自らの興奮を抑制しながら
「スキルスと言うのは、ひと言で申し上げれば、胃の末期癌です」
「そんな!」
と、清吉には未だ医者の説明の意味がまるで理解出来なかった。

明日に続く
*スキルス*についての解説は
緑協和病院ホームページ「認知症と美しい老後」に記載されています。
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