潮騒は聞こえず(117)

「先生、妻は未だ28才ですよ、胃癌と言うのは幾ら何でも早すぎるんじゃあないですか?」
と、清吉は医者に詰めよる様に問いただした。
医者は冷静さを取り戻しつつ「誠に申し上げにくいのですが、比較的若い年令に発症しやすいのが、このスキルスの特徴なのです。それに進行が早いのです」と、説明しだした。
「そんな馬鹿な、子供が未だ2才だと言うのに。それで手術をすれば助かる見込みはあるのですか?」
と、清吉は食い入る様に聞いた。
「内科医の私では何とも言えませんので、国立がんセンターに紹介状を書きますから、この先の治療方針については、そこで聞いて頂けますか」
と、やや同情する様に答えた。
「分かりました、明日にでも早速その国立がんセンターに行ってみます。色々ありがとうございました」
「いいえ、それではお大事に」
清吉は放心状態だった。翔太のオムツを何時間も交換していなかった。
昼過ぎ里美が検査用の眠剤から目を覚まし、先ずは彼女からオムツ交換の指摘を受けた。
急ぎオムツ交換をした。ウンコが大量にへばり付いていた。
それを里美が横目で見て怒った「何していたの、そんなにまで放置していて、翔太の尻がただれるじゃないの」
「いや、ごめん、ごめん。お前の検査結果を聞いていたものだから」
「うん、それじゃ仕方がないか。それで先生には何と言われたの」
「かなり大きな胃潰瘍があって手術の必要があるってさ」
「え!手術なんかするの、嫌だな。薬では治らないの」
「その事を相談する為に明日、国立がんセンターに行ってみる事になったんだ」
「そんな所まで行くの、この近くに病院なんか幾らでもあるじゃない。何か、がんセンターって言うと癌にでもなったみたいじゃない。嫌だ~な」
「まあ、そう言うな。折角ここの先生が紹介状を書いて下さるのだから。それに未だ手術って決まった訳でもないし…」
「そうね、分かった。清ちゃんの言う通りにする。あら、もう1時だ。翔太もお腹を空かしている時間だわ、皆で何か食べに行なくちゃ」
と、割に元気そうな里美の姿だ。
昼1時半、近くの食堂で「すき焼き定食」を食べる。翔太の食欲は旺盛だった。清吉もそこそこには食べた。しかし里美は殆んど箸を付けなかった。
明日に続く
関連記事

コメント