潮騒は聞こえず(118)

翌日は朝9時前には国立がんセンターに着いた。しかし、すでに沢山の外来患者が列をなしていた。
待つ事、約1時間半やっと診察の順番が来る。40才前後の難しい顔をした医師が、持参した紹介状と胃カメラの写真コピーを交互に見比べ
「スキルスで間違いないでしょう」
と、ビジネス的に答えた。
清吉が「手術すれば良くなるのでしょうか」
と、尋ねた。
そばには里美が翔太を膝の上で抱いて、全神経を研ぎ澄まして医者の説明をひと言も聞き漏らすまいとしている。
「手術は無理です。最早その段階ではないでしょう。抗癌剤の効果も疑問です」
「そんな、では他にどんな治療法があるのですか」
と、清吉は追い詰められた様に尋ねた。
「誠に残念ですが、ここまで病状が悪化していますと現代医学では治療法がありません。典型的な末期癌です」
、医者は淡々と答えた。
「末期癌!」
どう云う意味だろう。里美には現実の問題としての意味が理解出来なかった。
清吉が覆い被さる様に更に尋ねた。
「それではこの先、私たちは何をすれば良いのですか」
「そうですね、先ずは*ホスピス*の予約を取り、後はご家族で海外旅行に行くか、温泉にでも行ってノンビリ過ごすか、そんな所でしょうか」
「末期癌!」
医者の説明を聞いている内に里美も少しづつ理解し始めた。
しかし、ここでの会話はまるで旅行会社の店頭にでもいるかの様な話だ。海外旅行とか、温泉での療養とか。
「つまり、私がもうすぐ死ぬと云う意味なのであろうか。一昨日に見た夢は父親と母親が、早くこっちにおいでと言っていたのか」
それからも清吉が未だ幾つかの質問を繰り返していたが、里美の耳には何も入らなかった。
がんセンターでの診察時間は、わずか15分にも満たなかったが、里美には永遠の長さに感じた。この世からあの世への永遠の片道切符を手渡されたのであるから。
未だ28才と云う若さなのに…
親子3人、言葉も無くトボトボと病院を出た。スキルスと昨日の内に清吉は聞かされていたが、天下の国立がんセンターで、ここまでの言われ方をされるとは思ってもみなかった。
それも病人を目の前にして、何の配慮もない言い方じゃないか!告知するもしないも何もあったもんじゃない。
「まるで預金通帳の残高でも説明するかの様な言い草じゃないか」
と、清吉は何処に自分の中の怒りをぶつけていいか分からず一人歯ぎしりをしていた。
ともかく昼もかなり過ぎていた。二人共殆んどお腹は空いていなかったが、翔太の為に何処かで昼食を取らねばならなかった。
帰り際のファミレスに入った。翔太はかなり腹を空かしていたらしく、ハンバーグとポテトフライをあっと言う間に平らげた。
清吉はカレーライスを注文したが半分も食べられなかった。里美はアイスクリームしか食べなかった。二人共ほとんど話しをせずため息ばかりをついていた。
明日に続く
*ホスピス*についての解説は
緑協和病院ホームページ「認知症と美しい老後」に記載されています。
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