潮騒は聞こえず(125)

紀子との関係が修復した一週間後には、早くも品川のマンションを引き上げ紀子のいる大久保の自宅に翔太共々、引っ越して来た。
翔太が生まれる前から里美の世話をしていた家政婦は露骨に嫌な顔をした。清吉の変わり身の速さに侮蔑的態度を示した。
里美の葬儀に付きあってくれた、たった一人の家政婦であった。本宅などに帰ったら
「翔太ちゃんが、継子扱いされて可哀想だ」
と、最初から決めつけていた。
紀子はそんな女ではないと幾度説明しても、
「旦那様には女の本性が分かっていない」
と最後まで譲らない。
50才になりかかった家政婦の言い分も理解出来なくないが、清吉は紀子を信じていた。
かつては苦楽を共にした自分の妻が、清吉のこれまでの行状を全て許すと言ってくれたのだ。
翔太も自分の本当の子供として育てると約束してくれたのだ。
家政婦の心配も分からなくはないが、やはり自分は紀子を信じると言って家政婦には辞めてもらった。
里美の洋服や形見の品々は、取り敢えずレンタルボックスに保存した。
1984年5月初旬、初夏の陽気が漂う日に越してきた。
奥座敷10畳間には「五月人形」が飾られていた。鎧兜が威風堂々と周囲を圧倒していた。清吉は紀子の心遣いを素直に感謝した。
翔太は大久保の自宅にも直ぐ馴染み10日もしない内に紀子と風呂にも入るようになっていた。
清吉への愛が深まれば、翔太への愛も深まって行く思いだ。
引っ越しも一段落した5月半ばから清吉は食堂経営に専念した。
板前からやり直すと宣言したが、さすがに紀子が許さなかった。
仮にも昨日までは社長でいた人間である。一板前から店に出入りされたのでは、
「他の職員が遣りにくい」
と、紀子が言い出した。
それでも清吉は開店前の玄関周りの掃除を率先して行った。料理の味付けにも細かく口を出すようになって来た。食器や盛り付けにも注意を怠らなかった。
6月9日は翔太が3才の誕生日だ。わずか一年前である、里美と三人で翔太の誕生日を祝ったのは。
それを今は紀子と三人で誕生日の祝いをしている。何とも感慨深い事だ。
引っ越して1ヶ月余りなのに翔太はすっかり紀子に懐き
「ママ、ママ」
と言っては後を追っている。
丁度この時期の子供は、記憶力も曖昧で現在進行形でしか物を考えられない。
現在、最も自分を愛してくれる者のみを頼り、過去は記憶の彼方に消えて行く。
産みの母よりは育ての母が、本当の母親になってしまう傾向が強いのだ。
紀子も天から授かった子供でもあるかのように、翔太を慈しんだ。
バースデーケーキ3本のローソク、昨年は自分では吹き消せなかったが、今夜は翔太が一人で何とか消す事が出来た。
新しい形の親子3人、その幸福な夜が静かに過ぎていった。
明日に続く
関連記事

コメント