迷子の医者(4)

呼吸器外科では浅村医師の診察日が4月6日の明後日にある。
一面識もないが、スケジュ-ル的には丁度良い。顔写真を見る限り、ベテランの外科医と言った風情がする。何と言っても「国立がんセンタ-」だ、それなりの医者が揃っているに違いない。
ともかく行ってみよう、やっと最初の決意が固まった。
4月6日(金)
朝5時45分に起床。こんなに早く起きるなんて事は滅多にない。食事を適当に取って出掛ける。
春の暖かい外気が体に満ちて来て気持ちの良い朝だ、
「きっと良い結果が出るに違いない。空も晴れ渡り空気さえ美味しく感じられるじゃないか。母の病気だって心配し過ぎなんだ」
と信じながら、
6時35分、成城学園の実家に着く。母親の準備も整っていた。父親も心配そうに出て来た。
まだ父親には何も話していない。ただ胸の痼りを診てもらいに行くぐらいの程度にしか説明はしていなかった。
80歳の父親に不必要な動揺を与えたくはなかったし、そんな動揺は逆に回り回って母親の精神的負担となって重々しくのし掛かるに違いないと思えた。
朝早くから医者である息子がやって来て、築地の「がんセンタ-」まで出かけると言うのだから、何事かと考えたには違いないのだろうが、それでも面倒な事は私に任せておけば良いと云った、父親の生来の怠惰な気質が見え隠れしていた。
コツコツと働く事が大嫌いな父である。サラリーマンが大嫌いだ。人に指図されるのは軍隊生活だけで十分だと言うのが口癖だった。
好きな時に酒を飲んで、好きな時間に寝る。朝起きるのも自由気ままだ。
ともかく息子の私を医者にしてやったのだから、親の面倒は医者の私が全て見るのが当然だと決めつけている父だった。
午前6時50分に成城学園を出て、首都高速の用賀インタ-から入る。車の流れはスム-ズだ。
「このまま入院になるのかな」
と、母親は心配気にたずねる。
「今日は初診だから、このまま入院になる事はないんじゃない。でも築地のがんセンタ-に入院するなんて事になったら僕等は大変だよ。毎日、横浜から築地まで通って来るなんて、ほとんど一日仕事になってしまう」
と、母親の病状の事より自分たちの生活の大変さが口に出てしまう。
「大丈夫よ、私一人で何でも出来るわよ。週に一度ぐらい来てもらえれば、どうにかなるもんよ」
と、母親はこのまま入院でもするつもりでいる。
午前7時50分「がんセンタ-」に着く。成城学園を出て1時間だ。
このくらいの近さだったら通いきれるのかな、出来る事なら母親の希望を優先してやりたいと少し考え直す。
午前8時の時点で初診の受付整理番号が11番目だ。待つこと30分。
8時30分に受付が開始された。
その時、カウンタ-受付係10名程が全員起立し一斉に
「お早うございます。ただ今より受け付けを開始します」
との挨拶がなされた。
ちょっと感心させられる。国立病院でも、このぐらいの礼儀は出来ているんだと。さらに待つこと30分、 9時ちょうどに初診受付けの番がやっと回って来た。
明日に続く


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