迷子の医者(11)

自分自身が医者であるからこそ、そんな医者サイドの論理と傲慢さは知っている。どういう検査と治療の選択が患者さんにとって一番のメリットになるのか、そう言う当たり前の筋道だけで医療行為が進められているとは限らない。
国の医療行政も「縛り」が年々厳しくなり、大学病院でさえも常に経営効率を念頭におきながら病院運営を行っている。
どの様にしたら入院期間を短く出来るのか、検査を効率良く行うにはどの様な方法があるのか、室料差額の金額設定はどうするのか。
外科領域でも手術後の患者をどれだけ早く退院させるか、あるいは他の医療機関になるべく早く転院させるかが問題になっている。
病状の重さよりも入院期間の長さの方がより問題なのである。入院期間が長くなる程、病院の収入は減るように健康保険の制度が出来ている。ともかく入院期間は出来るだけ短くしなれればならない。
かつて医は仁術から算術に堕落したとの批判が多く聞かれたが、現在においても又同じ様に堕落という言い方を使うならば、その算術の用い方は目を覆うものがあって、堕落の極みとも言えるだろう。
医は算術ではなく、今や高等数学となっている。
それは取りも直さず国の医療行政が算術以上のより細かい計算を医療サイドに強要しているからだ。
そう言った医療行政の矛盾を良く知っているだけに、病院や医者のかかり方には神経を使う。
健康保険証の一枚だけで、どれだけ良い医療にかかれるのか疑問が大きい。 
より質の高い医療を受けるためには、それなりの努力が必要だと思う。 
自分たちの思いを充分に伝えるには、相手の医者に普通以上の強い働きかけをしなければならない。
その為のコネクションが是非欲しいと思った。別にコネクションが無くても働きかける方法は色々あるのだろうが、矢張りあった方が楽だ。
そんなコネクションを村上先生は持っていた。それも飛び切りのコネクションをである。北山大学の元学長と懇意にしていると言う、心強い話なのである。
その元学長先生に紹介状を書いてもらえれば、それ以上のお墨付きはあるまい。村上先生のそんな心強い話に誘われて今日の面談となった。
元学長の田辺先生は南大野の近くで「ヘルス・サイエンス・クリニック」と言う人間ドッグ主体のクリニックを経営していらっしゃる。駅から近いと言う事もあってか、もちろん田辺先生の名声がもっと大きな力ともなって、クリニック内は患者さんであふれていた。私の病院より患者さんはずっと多い。少し羨ましかった。
しかし、そんな愚かな自分の感情は押し隠し村上先生の後に従った。
村上先生の顔が利いてか、我々は待つ事なく田辺先生のお部屋にすぐ通された。
先生は70歳を優に越えているだろうに老いを全く感じさせず、温厚な英国風の紳士の様であった。大柄な体躯に暖かさがにじみ出ていて、大人としての父親像を想い出させてくれた。
村上先生の事前の計らいが良かったのであろう、田辺先生は気さくに紹介状を書いて下さった。私は「虎屋のヨウカン」と幾ばくかの寸志を机の脇にそっと置き、深々と頭を下げた。書いて頂いた紹介状を押し頂き、丁重な礼を述べた。
明日に続く

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