迷子の医者(16)

普通の個室にすべきか特別室にすべきか少し悩む。母に聞けば安い方の個室で良いと言うに決まっている。
しかし悩むまでもなく、今日の段階では特別室しか空いていなかった。やむなく特別室の3万2千円の部屋を申し込む。
そうこうしている内に弟がやって来た。ほっとした思いに包まれる。こんな状況の中では頼りになる肉親が一番だ。
弟と二人で母の許に出向く。検査も一通り終わって母は処置室のベッドに横たわっていた。弟と私の顔を見ても何か焦点の定まらない表情で、かなり気怠そうだ。そんな母を弟に任せ、私は自分の病院にと車を走らせた。熟さなければならない仕事が山ほど待っている。
午後2時半からは病院向かいにある「老人ホーム」の健康診断がスケジュ-ルに入っていた。そこの利用者と職員の全員160名の健康診断を4日間に分けてやるのだ。
今日はその3日目となるが、3ヶ月以上も前から決まっている予定なので変える事が出来ない。
個人病院の経営者は大変である。
自分自身がいつも先頭になって働かなれば、どうにもならない。
午後4時過ぎ今日の予定の健康診断が終わった。いつもよりずっと早い。老人ホームの看護婦、加藤さんが私の母親の事情を知って時間を調整してくれた。ありがたい事である。
加藤さんは40歳代後半の明るく働き者の看護婦さんだ。彼女のリ-ドがあってこそ、私はこの老人ホームの仕事を何とか熟し切っている状態だ。
健康診断の後は自分の病院の入院患者さんを重点的に診て回った。
いつだって私は病人に囲まれている。人間の死と向かい合うのが余りに日常的だ。だから肉親の病気と向かい合うのも、時に惰性的となるのかもしれない。
人の死にいつも怯え切って傷ついていたのでは仕事にならないとも言える。その意味で医者や看護婦と言う職業はずいぶん因果な仕事だと、時に思ったりもする。
午後6時また北山大学に戻った。母のあの胸水はどうだったのであろうか。やはり血性だったのか、それとも淡黄色だったのか、そればかりが気になって仕方がない。
胸水の色が淡黄色であればまだ救われる。しかし血性であるなら病状はかなり厳しいものがある。血性であると言う事は癌性胸膜炎に繋がるからだ。
癌が胸の奥深くまで浸潤している事になるのだ。それだと救いようがない。だから血性であるかどうかは、とても気になる。
ともかく母の病室へと上がって行く。8階の203号室だ。この8階は特別室専門の病棟らしく廊下も広い。待合いロビ-もゆったりしていて病院と言うよりはホテルに近い雰囲気だ。
気のせいか看護婦さん達もどこか、こざっぱりした感じがする。先ずは看護勤務室に顔を出し「203号の浅倉ですが、今からでも主治医の先生とお会いできますか」と尋ねる。
「しばらくお待ち下さい」と丁寧な対応で、20才代後半と思われる準夜勤の看護婦が私に接してくれた。
すぐにドクタ-への確認を取り「ただ今、野村先生がお出でになります。病室の方で少々お待ち下さい」とテキパキした返事であった。
接遇マナ-もなかなかのものだ。病院特有の横柄さが感じられない。
明日に続く


関連記事

コメント