迷子の医者(20)

北山大学から自宅までの車の中、あさくら病院で当直をしている村上先生の許に電話を入れる。
野村教授があんなにも丁重だったのは、一にも二にも村上先生のお陰である。村上先生のコネクションによる元学長の紹介状がなければ、如何に野村教授が人格者であったとしても、あれ程までに心の行き届いた対応をしてくれたか、どうかは疑問である。
やはり、あの紹介状が圧倒的に大きな意味を持っていたに違いないのだ。
私の声はうわずっていた。まだ感動やら興奮やらが冷め切っていないのだ。
「あっ、村上先生、当直ご苦労さま。いま北山大学から帰る所なの。
今日ね、母親を北山に入院させて来たよ。野村教授にも診てもらいました。みんな村上先生の、あの紹介状のお陰だよ。本当に有り難う。
それにしても野村先生は立派な人だね。
僕ね、感動のあまり泣き出しそうになっちゃったよ。何かありましたら24時間、いつお電話を下さっても良いですからって、初対面なのに自宅の電話番号まで教えてくれたのよ。
今でもいるんだね、ああいう医者が、泣きたくなるくらい、うれしかったよ。
それも、これも、村上先生のお陰だよ。本当にどうも有り難う。
じゃあ、また何時か改めて」
勢いづいた感情の流れのままに、私はしゃべっていた。
そんな勢いが伝わったのか、村上先生もいつもよりは調子の高い声で、
「それは良かったですね。いや僕なんか大した役にも。でも先生にそう言って頂けるだけで満足ですよ。お母さん、早く良くなるといいですね」
と、言ってくれた。
村上先生への電話の後も同じ様な勢いで、弟や妹そして女房の典江にと、むき出しの感情をたたき突けていた。誰かに今日一日の興奮をしゃべり続けていなければ、自分の中の舞い上がった興奮を静める事が出来なかったのである。
午後8時過ぎようやく自宅に着く、そして夕食。
運命の一日とも言える日が、やっと終わろうとしていた。
4月19日(木)
朝から仕事が立て込んでいる。
午前中は外来で、まあまあの忙しさ。入院が3名もあって2名は自分で受け持つ。
新規の入院が2名もあると何か時間に追われる感じだ。患者さんの食事指示から始まって、検査のスケジュ-ルを組み、安静度のチェック、内服薬や点滴のオ-ダ-、患者家族への病状と治療方針の説明があって、それからカルテ整理に入る。
入院患者さんの病状にもよるが、一人の患者さんで一時間ぐらいは費やされる。
入退院が活発なのは病院経営にとっても良い事なのだが、その活発な分だけドタバタと時間に追いまくられる。外来だ検査だ入院だと毎日を走り回る様に過ごして、職員の総てがギリギリまで働いてこそ何とか病院経営が維持できるのだ。
少しでも余裕のある医療環境を作り出そうと理想など抱いた日には、経営はすぐ行き詰まってしまう。
患者さんと言うものは、ただ身体的に病んでいるだけではない。どんな人間だって体調が悪ければ気持ちも萎えて来るものだ。ましてや生命に関わるものや、不治の病におかされたりすれば、その心の乱れ方も尋常ではないだろう。
しかし昨今の病院経営では、そんな患者さん達の心のケアからは何時も避けて通る。そんな心のケアに関わったりしていては時間がいくらあっても足りないからだ。
明日に続く

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