迷子の医者(22)

受け持っている41才の男性も残された寿命は後わずかであろうが、それでも明るい話題を探そうと私は努める。
飼っている犬の事とか、趣味の音楽の事とか、病気とは関係のない話をあれこれと探し出す。
それでもそんな話だけで患者さんが、いつも満足してくれる訳ではない。
急にヒステリックに
「一体、あと何日生きられるって言うんですか」
と、激しく詰め寄って来たりする日もある。
「それは、あなた自身の生命力の問題ですよ。食事一つにしても、食べようと思う気力がどのくらいあるかで、生きられる時間だって、ずいぶんと変わってくるもんですよ。要は生きる気力ですよ」
と、何とも苦しい言い逃れをする。
でも、どんな時だって具体的な説明は極力避ける。患者さんの財産分与とか、相続等の話が複雑に絡み合っている時ならばともかく、
そうでなれければ患者さん本人に後何ヶ月しか生きられないなどと話す医者はいないと、今迄は信じていた。
しかし最近は患者さん本人に、有りのままを告知する医者が出て来た。
現に国立がんセンターがそうであった。医者の中にも色々な価値観の違いが出て来たのだろう。
それでも私は彼等の価値観には付いて行けない。
土壇場の希望まで患者さん方から奪う権利は、誰にもないのだと信じるから…。どんな不治の病に侵されていたって、多くの人たちは少しでも長く生きていたいと思うものだと、私は信じている。
午後5時前、いつもよりは早めに職場を出る。
成城学園の実家で父親を車に乗せ母親のいる北山大学に向かう。はじめ父親は北山大学に行きたくないと言っていた。見舞いに行くなら、午後2時過ぎにしてくれと言うのだ。
午後5時過ぎになると、自分の夕食時間がずれるから嫌だと言う。
長年、糖尿病で薬を服み続けている父親は、食事時間にはひどく神経質になっている。
何度か低血糖発作に襲われたりした事もあるもんだから尚更の事だ。しかし私の方は朝から夕方まで働きづくめで、午後2時過ぎになんか仕事の段取りがつく訳はない。
「そんな、無茶な事を言うのなら今日は、僕一人で北山に行くから良いですよ」
と、昼休みに父親からかかって来た電話を一度は切ってしまう。糖尿病で食事時間にこだわるのは分かるのだが、しかし食事の内容にいたっては、ずいぶんといい加減だ。
要はどんな時だって自分のペ-スを崩したくはないのであろう。母親が病気であろうと無かろうと自己中心的な生活は守り通したいのである。
この80年、よくも我がまま放題に生きて来たもんだと、父親の人生を振り返る度に感心させられる。
人並み以上に悪運が強いのであろう。父親自身が常日頃から、そう口に出している事なので間違いはあるまい。
そんな身勝手な父親の都合に耳を貸している程、時間もなければ気持ちの余裕もなかったので、一人さっさと北山に出かけるつもりでいた。
しかし午後4時過ぎ、また父親から電話が入り
「やっぱり、連れていってくれ」
と言って来た。少しホッとする。本当は父親に行って欲しかったのだ。50年以上も連れ添った父親が見舞いに行かないと言うのは心情的に許せなかった。
そうは言っても母親の病状がどうなるか分からない現状で、老いた父親と見舞いの事でケンカをするのも情けない。それやこれやで父親に対する行き場のない感情が胸の奥深い所でうごめいていた。だから、
「やっぱり、連れていってくれ」
と言われた時は、内心救われた思いがした。
明日に続く


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