迷子の医者(26)

吉田先生は更に話しを続ける。
「どうも癌性胸膜炎かどうか、細胞診の結果からは確定出来ないので、野村教授は*骨肉腫*も疑っているみたいです」
との説明である。
4月25日(水曜)に*骨シンチ*を、実施してみる予定であると吉田先生は説明を付け加えた。
「*骨肉腫*」
か、考えても見なかった。
しかし、それと前縦隔腫瘍がどう結びつくか私には理解出来なかった。
4月23日(月曜)
午後5時、自分の病院での仕事を切り上げ北山大学に向かう。母は元気だった。鼻からの酸素も外れ食欲も旺盛だ。
胸水からの細胞診は3回ともclass IIであった。「癌」は否定されたのだろうか。本当に、これで喜んで良いのだろうか。疑問は果てしなく残るが、母の元気な姿を見ると一条(ひとすじ)の希望が湧いて来る。
4月25日(水曜)
class IV
一条の希望が哀れにも飛び散る。
右肺野の血性胸水から4度目の細胞診で出現した、「class IV」
担当の吉田先生から電話で聞かされ、言葉を失う。
母の下の妹も*スキルス*にかかり、
わずか49才で他界している。
どうも母の家は「がん家系」なのかもしれない。
「がん家系」
何とも切ない響きだ。
電話を受け、自分の仕事を手早く片付ける。午後3時には北山大学に着く。
昨日、北山大学で撮ったCTと4月2日に私の病院で撮ったCTを比べて見る。
わずか3週間で癌の浸潤は思った以上に
進んでいる。
北山大学に入院して、ちょうど一週間。その病状の悪化は75才と云う年令を考えると、あまりに早い。
さらに血性胸水は未だ一日に200cc以上は吸引されているらしい。
癌性胸膜炎の典型症状だ。
私たちの母は…私たちを置いて…
早くも、旅立とうとしているのか…
これまで最悪でも年単位で考えていた
母の余命は、私の中で月単位に変わってしまう。
50才になった私に、
「ちゃんと医学雑誌は読んでいるのか。医者になっても人間としての謙虚さを失っていないか」
と、小言を言い続ける母が、
今は小さな子供のように見える。
「お母さん」
と言って、抱きしめたくなる。
4月27日(金曜)
朝10時、野村教授の前で病状説明を受ける。4月25日に骨シンチ、昨日は胸骨部の*生検*から考え合わせると、
「やはり骨肉腫の疑いが捨て切れない」
と仰るが、私には分からない。
一度は野村教授の人間性に心を打たれもしたが、医者としての見解には疑問を抱き始めている。
さらに教授は、
「骨肉腫となると手術も放射線照射も無効かもしれない」
と、話された。
母も私も黙って聞いていた。
一度は酸素も外れ食欲も旺盛だったのに、鼻からの酸素が昨日からは始まっている。
「まだ抗癌剤の治療法があります」
と教授は言うが、そんな説明を私は何処か遠くで聞いていた。
明日に続く
*骨シンチ*
*骨肉腫*
*スキルス*
についての解説はトップページに記載されています。
関連記事