迷子の医者(28)

平成13年5月3日(木曜)
妻と娘の三人で午後4時、母の見舞いに行く。花が大好きな母の為にカーネーションが一杯の花束を、妻が持参する。喜んではくれたが元気がない。
今日から癌性胸膜炎の対症療法が始まり、右胸腔内に抗癌剤のマイトマイシンCが注入された。かなり辛そうである。滅多に弱音を吐かない母が
「抗癌剤っていうのは、かなり苦しいものだね」と、
私の顔を見るなり痛々し気に呟いた。
7才になる娘の香子(かおるこ)は、物珍しげに母の様子を見ていた。点滴を付け酸素を付け右胸腔には排液の為のドレナージまで付けている姿は、何とも不思議な光景であったのだろう。
母は、そんな孫の様子を見ておばあちゃんの様子が変に感じるのだろうと
「かおる、おばあちゃんは病気だから変な格好をしているけど、何も恐くはないよ。でも、子供だからこんな格好を見たら驚くのは当たり前だよ」
と、苦しい息の中からも孫に気を使っている。そんな母の心根に私はただ
頭の下がる思いでいた。
午後6時夕食の配膳
母の食欲は数日前に比べると、かなり落ちている。やはり抗癌剤の副作用が明らかだ。
午後8時、妻と娘の三人自宅にもどる。私たちの夕食は宅配ピザですませた。
久しぶりに詩を書きたくなった。
「より苦しい時
より辛いとき
決して他人を責めてはならない
辛く苦しい身体は冷えきっている
そんな身体は温めて上げなければ
温もりを与えなければ…ならない
他人と争っていては
温もりは与えられない
冷え切った心や身体が
より寒々と傷つくだけだ
無理解な人々…節操のない人達…
この人達とは軽やかな微笑みで
遠く離れるだけだ
誰にも分かってはもらえない
もらえる訳もない辛さで
自分の意識が鈍くなっていく
鈍くなった意識が
自己の存在を稀薄化していく
まるで泡のような…この存在感
消えて逝くのだろうか
私たちの母は…
ただ…ぼんやりと…
母との昔日の過去を追っている…」
5月6日(日曜)
5月3日の胸腔内の抗癌剤注入は、
まるで効果が上がっていない。癌性胸膜炎は更に悪化している。鼻腔からの酸素も1Lから2Lに増えている。母の食欲は一段と低下している。
本当に、この北山大学で治療を続けていて良いのだろうか。不安の影が日々大きくなって行く。
5月8日(火曜)
母76才の誕生日
今日は2回目の胸腔内への抗癌剤注入。
自分の仕事が忙しく北山大学には行けない。妹から抗癌剤注入の事実だけを聞かされる。午後から雨が降り出し肌寒さが戻って来た。
自分の誕生日に抗癌剤を注入され辛い思いに耐えている母を思う時、私は医者としての自分を恥じる。
そんな母の許に行かれない後ろめたさを感じつつ、仕事で身動きの取れない自分に焦れていた。
2回目の抗癌剤注入に祈るような効果を望んでいたが、心の何処かではその効果を疑っていた。
明日に続く
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