小さな贈り物(3)

ともかくナナちゃんのママに私は自分の知り得る限りの最新の医療を実施した。その結果、7月分の医療保険請求金額は300万円を超えた。上司の内科系の病院長と事務長が、この請求金額を見て震え上がった。
こんな小さな町立病院では想像を超える保険請求金額である。大学病院ならいざ知らず一人の患者さんに300万円の保険請求金額と云うのは度を超えていると、病院長と事務長から注意された。恐らく医療保険の審査で過剰診療と査定され100万円以上は削られるだろうとの心配であった。
だから患者さんの事のみを考え出来る限りの手を尽くすと、病院自らが多額の身銭を切る必要さえ出て来たりする事もある。
病院からの忠告にもかかわらず、未だ血気盛んな私は自分の思う存分の治療をした。
繰り返される肺炎とDICによる血小板減少に対し、これまでのヘパリン持続点滴と抗生剤、ステロイド療法に加えガンマーグロブリンの大量投与を実施した。この私の治療法を見て病院長が激昂した。
「君は、この小さな町立病院を潰す気か?未だこんな高額医療を続けているのか。こんな事が保険審査で認められる訳がないだろう。病院が大きな赤字となったら、君はどんな責任を取るつもりだ!」
とまで、言い寄られた。
私もかなり頭に血が上り、
「それなら病院が背負った赤字分は私の給料で埋め合わせて下さい。半年分でも一年分でも結構です。ともかく私は自分の信じる医療をやりたいだけです」
病院長は少し驚いた顔をして、
「君には奥さんも子供もいるだろう。半年も一年もここで、ただ働きをするというのか。それで君の家はどうやって食べて行くの!」
「ご心配には及びません。多少の貯えはありますから」
「まあ、それはそうかもしれないけど。しかし何故そこまで一人の患者さんの為に自分の犠牲を払うのかね」
「私の医者としての意地です」
「意地ね、君も変わった人だね。そこまで言うならば、もう君の好きな様にやったら良い。私はこれ以上は口を挟まない」
「有難うございます。お言葉に甘えて私の好きな様にやらせて頂きます」
それからの私は誰にも邪魔をされず、自分の信じる医療を徹底的に貫いた。
そうは言ってもナースや検査技師の人達には、かなりの犠牲を強いた。毎日の血液検査、特に出血傾向の検査は神経質なまでに行い、毎日が一喜一憂の連続だった。彼らは通常の一時間前には出勤してくれて、その日のデーターを午前9時半には届けてくれた。
そのデーターに基づいて私はその日の治療計画をじっくり練る事が出来た。
もちろん彼女だけが患者さんではないから、朝から晩まで私は働き続けていた。外来患者さんも沢山待っているし、胃カメラ等の検査もある。入院患者も一人で20名以上は受け持っている。それでも彼女の治療計画だけに毎日5時間以上は費やしていた。
夏休み中は一日として、自分の子供と遊ぶ時間は取れなかった。それでも妻は文句の一つも言わず、子供を連れ近くの町立プールで楽しそうに過ごしていた。朝は8時前には病院に出て夜は12時過ぎになって宿舎に戻る。それでも妻の温かい夕食が待っている。
病魔との闘いの一番辛い時に妻が側にいて私の愚痴に付き合ってくれた事で、私はどれ程に慰められた事か。
明日に続く
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