青空を求めて(51)

10月23日(土)みどり会
午後3時から8時まで「みどり会」の父親勉強会が開催された。小学校の講堂で120名の父親が参加し、「高等専門学校(自閉症者)卒業生の就業及び卒後生活について、中学校の校長と就活専任教師から1時間半にわたる説明を受けたが、幼稚園児を抱える私には未だ現実味が湧いて来ない。そんなにも未来は明るくないのかとの印象を強くしただけである。
これまでの保護研で幾度となく聞かされた話、
「お預かりしたお子さん方の教育は、親が諦めても先生方は決して諦めない」とは、
どんな意味が込められているのか?
そこまで幾度ともなく言い切った保護研での話は、ただの言葉のまやかしか?
未だ幼稚園児に過ぎない悠真が、この先10年以上学園に通い続けても、その先に明るい未来は見えて来ないのか。いわゆる知的障害としての就職活動しか期待出来ないのか。そんな事の為に自宅の転居などと云う多大な犠牲を払ってまでして得られる対価が、そんな物でしかないのか。午後4時半から8時までの父親同士の懇親会では誰からも私の、そんな素朴な疑問を提示する人はいなかった。
私だけが余りに単純なのだろうか。しかし難関の幼稚園に合格が決まった数日後に語られた副園長の言葉、
「ご縁があって入園されたからには後は大船に乗った気持ちでいて下さい」との、
説明は一体どの様な意味を示すのか。あの合格発表の速達を受け取った日の感動は夫婦共に日々薄らいで行く様だ。
「東マジック」と云う
言葉をよく耳にするが、何処にそんなマジックが存在するのか。私はそんなマジックをこの学園で一度も耳にした事もなければ目にした事もない。もしそんな事実が起こり得るとすれば学園側の功績ではなく、その両親の圧倒的な愛と血の滲む様な努力の結晶ではないのか。
高校卒業後の進路方針を聞いて、この学園の教育方針に疑問を抱いたのは私一人だけだったのだろうか。でも悠真は未だ幼稚園児だ、言葉も殆んど話せないがこの子の未来をもう少し見舞っていたい。
ともかく人は誰でも未来に希望を持ちたい。ましてや我が子の未来に希望を持たない親はいない。それを幼稚園児の段階から知的障害者対象の授産設備への就職活動をあれこれ説明されても納得出来るものではない。
そんな授産設備で働かせるつもりなら、こんなにも大きな犠牲を払って何故この学園に通わせなければならないのか、そんな大きな疑問の前で私は立ち止まってしまう。
「お預かりしたお子さん方の教育は、親が諦めても先生方は決して諦めない」
との言葉は三流業者の誇大広告に過ぎないのか。この学園に入園して早や一年、私の胸の中ではこの学園の教育方針に対する疑問が日々拡散している。
明日に続く
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