美しい老後を迎えるには

岡本さんへの回答
定年退職後の人生を如何に充実して生きるかとのご質問と承りましたが、これには二つの問題があります。一つは経済的余裕の問題です。少なくても後20数年以上の生活は考えて生活設計をして行かなければならない訳です。更に75歳を過ぎた頃からは医療費や介護費等で、それまで以上に生活上の支出が増える危険性があります。その意味では今後10年ぐらいは今迄のキャリアを活かした仕事、もしくは企業相談あるいは小さなベンチヤー企業を立ち上げる等の試みも考慮すべきかもしれません。リスクは極力回避しなければいけませんが。それでも新しい仕事への意欲を持ち続ける気持ちが、どれだけ認知症への道から回避できる事か計り知れないものがあります。常に努力する姿勢こそ、それによりこそ自分の生きるべき道が見出せるものと私は信じて疑いません。私自身がこれまで生きてきた67年間で、どれだけ多くの失敗と経済的窮乏を味わって来た事か、そんな時に常に思うのが「ともかく基本に帰ろう」と言う思いです。30数年間の病院経営の辛さは味わったものにしか決して分からないと言う思いです。親に猛反対され、それでも自分自身が医者(当初は精神科医を目指し途中から内科医に変更)への道を諦め切れず、2年間の予備校生活の上でやっと合格した医学部でした。10年間の大学病院での臨床医としての生活、昭和59年から立ち上げた現在の緑協和病院、余りに厳しい病院経営に幾度も逃げ出したくなる思いに駆られた事か。そしてそんな時の思いの常が「基本に帰ろう」と。誰の為の病院なのか、経営が苦しなればなる程に患者さんの為の病院になっていないのかの反省です。つい私事の話になってしまい申し訳ありません。次に岡本さんの経済的余裕が十分なものであったとしてもですね、何かしらの社会的関わりを持ち続ける気持ちは必要です。人は社会の中で生き、社会の中で活かされていると思うのです。これまでの会社の部下たちの相談役になってみるのも一つの考え方だし、あるいは地域社会に貢献するのも立派なお仕事でしょうし、学生時代の交友関係からも何か重要なテーマが見つかるかもしれませよね。それとも今迄の趣味的なものを深めて行くのも一つの考えでしょうね。色々と雑多な事を書き続けて来ましたが、何かの参考になれば幸いです。最後にその様な前向きの生き方こそ認知症には成りにくい、美しい老後を迎える条件となるのではないかと思えてならないのですが。



今年の4月で定年退職した者です。私は大学卒業後、一部上場企業に就職し、38年間自社一筋で働いて参りました。勤続年数も長かったため、比較的出世もスムーズに行き、50歳からの10年間は部長職を全うしてきました。部下も100人程いて、人を使う難しさもありましたが、それ以上にやりがいを感じていました。そんな中、今年の4月に定年を迎え、65歳まで契約社員という道もありましたが、色々考えた末、退職の道を選びました。自分では「まだまだ60歳、もう一花咲かせられる」という自信はあります。しかし組織にとって人の循環の重要性も理解しています。私自信が人に使われることを拒絶しているため、未だ新たな職につかず家にいる毎日が続いています。一度しかない人生、燃え尽きるまで頑張ってみたかったです。少々感情的な質問になりましたが先生からアドバイスを戴けたら幸いです。

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