潮騒は聞こえず(2)

そこの食堂は近所でも美味しいと評判が高く、清吉夫婦にパート店員も数名はいて店はかなり繁盛している様子だった。外目には幸福そうに見える家庭であったが、実際には幾つもの複雑な問題を抱えていた。
最大の問題は清吉の父、貞雄が3年以上も入院している伊豆の病院から、何時退院してくるのかが大きな関心事になっていた。アル中の果てに脳出血を起こし伊豆で長期の療養生活を過ごしていたのだが、病院の医者から何時退院しても良いと言われ、貞雄自身もしきりに退院したがっていた。しかし貞雄が帰って来たら、またアル中に舞い戻り隣近所との諍いが絶えなくなるのではないのか、夫婦共にそんな心配が付きまとって離れなかったのだ。今は病院に入院していて、医者や看護婦の目が光っているから抑えも効くが、自宅に戻って来たら誰も貞雄の飲酒癖を止める事など出来やしない。それでも息子の清吉は、あれだけの大病を患ったのだから、まさか以前の様な酒の飲み方はしないだろうと、どっか楽観的でいた。しかし紀子には、とてもそんな甘い考えはもてなかった。義母の富江が亡くなってからと云うもの、貞雄の酒乱でどれほど泣かされた事か。家庭内も荒れ放題で夫婦の仲も悪くなる一方の生活は、昨日の様に思い出されてならなかったのである。
明日に続く
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